一会片思い・大城美佐子
大城美佐子さんの「芸能生活50周年記念リサイタル公演」は素晴らしかった。
アーティストの迫力や積み上げてきた修行の凄さに「興奮」するライブはこれまでにも何度か体験したが、これほどまで「感動」したライブは僕の中ではそう多くない。
那覇市民会館の大ホールで昼夜ニ回、どちらも満員だったようで夜の部は僕の印象で沖縄県外の客が四分の一近くはいたのではと思うように感じるほど、彼女の唄声は一度聴いたものを虜にする。
前方には「本土ツアー予約席」と記された座席もかなりあったが、中央部、後方にもかなり来ていたようだし、僕の左隣のアメリカ人のカップルは食い入るように聴いていた。
歌詞の意味は分からなくても「心」で伝わるのですね。
沖縄では「女、カディカルー」と例えられるているが故、嘉手苅林昌さんと唄に対する生き方が重なるのかもしれない。
林昌さんが亡くなった後、数年彼女は唄えなかったという。

しかし、凄い公演だった。
聞いている時間は心地よいものだったが、唄い、表現するものはその境地に達するまで修行の連続であったろうと想像すると胸が痛くなる。
公演後、夜の道を歩きながらこのまま家に帰るのが勿体ないほど、気持ちが高揚していたがお酒には行かず一人で楽しかった時間を反芻していた。
ふと2003年に「The吉原」というCDに、生まれも育ちも浅草の、端唄・小唄の師匠栄芝さんの歌声をプロデュースしたエレクトリック・トランペッターの近藤等則氏が「栄芝さんの唄をビリー・ホリディに聴かせたかったなあ」と言った言葉を思い出したが、大城美佐子さんの唄声にはレディも思わず立ち上がるだろうと想像すると益々楽しくなった。

多くの民謡関係者が参加され、大城美佐子さんが尊敬されている様子が伝わる、気持ちの良い夜でした。
アーティストの迫力や積み上げてきた修行の凄さに「興奮」するライブはこれまでにも何度か体験したが、これほどまで「感動」したライブは僕の中ではそう多くない。
那覇市民会館の大ホールで昼夜ニ回、どちらも満員だったようで夜の部は僕の印象で沖縄県外の客が四分の一近くはいたのではと思うように感じるほど、彼女の唄声は一度聴いたものを虜にする。
前方には「本土ツアー予約席」と記された座席もかなりあったが、中央部、後方にもかなり来ていたようだし、僕の左隣のアメリカ人のカップルは食い入るように聴いていた。
歌詞の意味は分からなくても「心」で伝わるのですね。
沖縄では「女、カディカルー」と例えられるているが故、嘉手苅林昌さんと唄に対する生き方が重なるのかもしれない。
林昌さんが亡くなった後、数年彼女は唄えなかったという。

しかし、凄い公演だった。
聞いている時間は心地よいものだったが、唄い、表現するものはその境地に達するまで修行の連続であったろうと想像すると胸が痛くなる。
公演後、夜の道を歩きながらこのまま家に帰るのが勿体ないほど、気持ちが高揚していたがお酒には行かず一人で楽しかった時間を反芻していた。
ふと2003年に「The吉原」というCDに、生まれも育ちも浅草の、端唄・小唄の師匠栄芝さんの歌声をプロデュースしたエレクトリック・トランペッターの近藤等則氏が「栄芝さんの唄をビリー・ホリディに聴かせたかったなあ」と言った言葉を思い出したが、大城美佐子さんの唄声にはレディも思わず立ち上がるだろうと想像すると益々楽しくなった。

多くの民謡関係者が参加され、大城美佐子さんが尊敬されている様子が伝わる、気持ちの良い夜でした。





